桐野夏生『残虐記』

文庫版 表紙

 読んでしばらく感想を書くことができなかった。ごく薄い本(本の厚さが、という意味)ながら、その世界は深く重い。
 女性作家が手記を残して失踪。それは、自身が幼いときに遭った誘拐監禁事件の詳細だった。そして、服役を終えた犯人から寄せられた手紙と。
 新潟であったあの9年間にもわたる少女の誘拐監禁事件を端緒に描かれた作品。ただ事件はあくまで「きっかけ」であって、ストーリーは完全に創作だ。
 1年半に及ぶ監禁よりも、むしろその後に重点を置いて描かれている。世間の好奇の目がいかに少女を押し潰してしまうか。異常な体験をしてしまった少女がいかにしてその体験と記憶と「共存」していったのか。それはもはや少女の一部であり、それと共に「成長」して行くしかないのだ。長じて作家にならざるをえなかった少女。このあたりは「肉体で描いていく」この作者の真骨頂だろう。
 作中小説が次々と「事の真相」を語っていく。無論あくまで主人公の想像なのだけど、作家の想像は当たるのだ。高村薫も言っていた。詳細なリサーチは勿論するが、(警察社会の内幕など)こうだろうなと思ったことが当たるのだ、と。残された手記自体、どこまでが事実でどこからが創作なのかさえ混沌としてくる。そして多くの謎を残したまま物語は閉じられる。人によっては物足りなさや矛盾を感じるかもしれないが、それが人間なのだ、と作者は語っているように僕には見える。
 これは、一筋縄ではいかない物語だ。