映画「007 慰めの報酬」

 007バカですから、公開を心待ちにしておりました。
 前作「カジノ・ロワイヤル」は原作の忠実な映画化でしたが、今回はその一時間後から始まる物語として、オリジナルストーリーが展開されます。当然前作から人物も話も引き続いているので「前作を観て予習を」というアドバイスは間違いではないのでしょうが(事実、前作をもし知らなければ相当わかりにくい)、でもこの2作を続けて観ると、きっと違和感があるのでは? と思います。人物造形がだいぶ違うからです。監督が違うので、しかも前作・今作共に独自色のある監督なので、それぞれ違うアプローチで作品と人物に挑んだ結果でしょう。それで、前作とは多少違ったニュアンスで、本作も好き嫌い・賛否が分かれると思います。「ボンドらしくない」って。僕はこれはこれでかなり気に入りました。近年どんどんスピード化するアクション映画界にあってトップレベルの水準に達しつつ、人物も繊細に描かれている。相変わらず往年のボンドに比して荒々しく無骨ながら、前作よりはちゃんとシークレットエージェントとして成長しつつあります。前作ラストで「次からは『我らのボンド』になるのだろう」と思いましたが、前作と本作セットで「スパイ007号」は完成されたのですね。次回からこそは、お馴染みのボンドが帰って来る、と、物語が済んだ後の「サプライズ」が語ってくれていました。
 とは言え、やはりこの「ハード路線、ジョークや荒唐無稽もナシ」は継続されるでしょう、ボンドを体現するのがダニエル・クレイグである限り。映画シリーズのファンならもう少し「余裕」と「洒落っけ」が欲しいところでしょうが。また次作からが楽しみになりました。

 ちなみに原題の「quantum of solace」は同名の短編原作がイアン・フレミングにあり、「ナッソーの夜」という邦題が付されている。これはボンドとキューバ総督が話をするだけのストーリーで映画の物語とは一切関係ない。文中に「慰藉の量」という言葉が出てくる。これが「quantum of solace」に当たる。ボンドものでも短編ではフレミングは結構文学路線を狙っている。雑誌「プレイボーイ」に掲載された短編を集めた「007/バラと拳銃」(創元推理文庫 井上一夫訳)、案外面白いです。映画ではquantumは、ボンドが追うべき組織として徐々に明らかになってきたものの名称として使われている。映画シリーズ往時の「スペクター」のような感じで今後クレイグ・ボンドの敵となるのではないか?