頑張ればいいことは・・・・ある?

 (結論だけ聞けばよい、という方は、☆印から先だけでも読んでやって下さい)
 過日話題にしたこの問題。既にいろんな方がコメントして下さったので改めて僕が語るほどのこともないのだけれど、ようやくひと巡り授業で僕自身の思いを話した。これは僕自身としてひとつの答えを提示しておかなければいけないと思っていたから。
 「やろうと思えばなんでもできる」と言う人がいるが、あれは違うと僕は思う。やってもできないことなどゴマンとあって、むしろ自分にできることとできないことをきちんと認識している方が大事なくらいだ。まあ、励ましの言葉として話すのだろうけれど、本気で言ってる人がいたら、随分と無責任なことだなあ、と思う。
 「頑張ったってしょうがないじゃん」という作中人物の言葉に共感する人がいるのは、これは当然のことだと思う。頑張ってみた人ほど挫折は経験するものだ。実際、世の中は公平にはできていない。楽々と成果を得る人もいる横で、いくら頑張っても成果が得られないという例など枚挙に暇はない。
 かと言って、「頑張ることが大事なのであって、結果はどうでもいいんだ」というのも違う。スポーツの試合であれ資格試験であれ、勝つ気で当たらなくて頑張ることなんてできるものか。ウチの学校の野球部の監督の先生が、いみじくも仰った。「やってなんとかなることを頑張るのは、努力とは言わないだろう。そうではなく、やってできるかもしれない・できないかもしれないということに、それでも精一杯食らいつくのが本当の努力なのではないか」と。とても素敵な言葉だと思う。
 そもそも、いいことがあるから頑張る、というのはちょっといじましい。大人になれば痛感するのかもしれないが、「頑張るか頑張らないか」ではない。「がんばるしかない」のだ。人間にはだれにでも「向上心」というものがある。誰しもが、よりよい自分になりたいという欲求を内在させているものだ。
☆言うまでもないことだが、頑張れば頑張っただけのことが必ずある。「良い経験」「充実感」、得られるものはいろいろあるだろうが、僕は「プライド」だと思っている。よく「プライドが傷つけられた」とか「プライドが許さないからそんなことはできない」なんて言葉を聞くが、あんなことを言っている人は、まだ本当の誇りというものを持っていないのだ。本当の誇りを持った人は、易々と傷つくことはないし、どんなことだってできる。プライドとは、自分の内に高く高く持っておればよいので、他人と比較するようなものでもない。そして、プライドとは、とことんまで頑張って生きていった末に手に入れられるものなのだ。成果は成果として、自分のやってきたことに得心がいって、どれだけささやかな人生であれ他人の誰のものとも取り替えたいとは思わない。そういう自信と誇りは、正に頑張り続けた者だけが勝ち得るものなのだ。その意味で、頑張ればいいことは・・・・ある。
 ・・・・そんな話をしました。そのあと「なぜ勉強するのか」という話に続くのですが。生徒の反応はいろいろですね。すぐ寝ちゃう子もいる。提出物に「頑張ったってしょうがない、と私も思う」と書いた子たちは窓の外をずっと見ていた。まあ、今は「誰に何と言われたって考えは変わらないわ」と思ってたっていいんです。いつか変わる。努力するのも悪くないか、と。僕はそう信じています。