ハンク・モブレー

ディッピン

 特段にハンク・モブレーのファンという訳ではない。
 ジャズのテナーサックスプレイヤーの話。きっとジャズのテナーと言えば1にジョン・コルトレーン。次がまあソニー・ロリンズという処なのだろう。モブレーはかなり地味だ。
 そのモブレーの代表作と言われるのが『ディッピン』。有名なスタンダード曲「リカードボサ・ノヴァ」の演奏で知られる。PE’Zのファンの方ならば、アルバムやライブで聴き馴染んだナンバーだ。あの、PE’Zの「リカード」の元ネタが、モブレーのこの演奏なのだ。一度でもお聴きになるとわかる。しかしまあ全く同じアレンジで入りながら、結局は完璧な「PE’Zサウンド」になってるところがさすがなのだが。
 で、この『ディッピン』が名盤であると認めるに吝かではないのだが、さりとてこれがモブレーの代表作かと言えば、そうではないと思うのだ。だから、これからモブレーに入った方は、もうちょっとモブレーのイメージを固めるのを待って欲しい。このアルバムの聴き所は、何より収められた曲そのものの魅力にあり、演奏者で言えばむしろサイドのトランペッター、リー・モーガンを聴くべきアルバムだと心得るべきであろうと思うのだ。モブレーは勿論いい演奏をしているけれど、これが最も「彼らしい」かと言うとそれは疑問だ。
 彼はハード・バッパーではあるが、持ち味と言えば「鼻歌」のごとき悠揚迫らぬ「間」を生かした演奏にある。だから一番いいのは彼のワンホーンのフォーマットだろう。他にホーンプレイヤーがいる時もその相性というものがあり、トランペットならケニー・ドーハムのような「くすみ色」のプレイヤーやドナルド・バードのような素直なタイプの方が合うように思う。音色の強い「不良」タイプの天才モーガンが相手となると、どうしても目立ち方で不利になる。いい悪いではない、合う合わないなのだ。
 だから、もしモブレー中心に聴いてみようと思うなら、「ソウル・ステーション」「ワーク・アウト」「アナザー・ワーク・アウト」「モブレーズ・メッセージ」などがむしろお勧めだと思う。もちろんジャズ・メッセンジャーズ時代の演奏も光り輝いている。
 なんでいきなりこんな話を日記などでしているのかなあ、と我ながら思うのだが、あの『ディッピン』というアルバムがいいアルバムだと思っているにもかかわらず、「モブレーの代表作」として紹介するのに妙なひっかかりを覚えたからなのだろう。しかしモブレーは実にいろんなセッション、レコーディングに参加しており、特段彼を追っかけていなくても、気がついたらモブレーの入ったアルバムが一番たくさん手元にある、という感じになる、実に不思議なジャズプレイヤーなのである。