東京行き ①

コフルとも再会

 組合の動員にかこつけて行って参りました。しかし、こんな大名旅行はしたことがないです。大名旅行だと言うのは、ひとつに出張なので新幹線はチケットが出され、宿は「来てね」という言葉に甘えておりえんちに転がり込んだので、全然自分でカネ出してないということ。ふたつには、おりえにすっかり甘えて至れり尽くせりの歓待を受けたということ。彼女はこの三日間を、完全に空けて僕に付き合ってくれたんです。
 この日は成績2次判定会議というのがあり、それが済んでから出発しました。品川に5時頃着き、その足で大井町のフルハルターへ。去年モンブランから作家シリーズの新作として「カフカ」が出された時に、おりえと一緒に買うかという話をしていたので、買うならフルハルターで買って森山さんに調整してもらおうと、そう決めていました。おりえは部屋の片付けと食事の用意でまだ出られそうにありません。部屋の片付けだって。いいのに。俺がどんな部屋で暮らしているか知らないんだ(いろんなモノが溢れてしまっていて、かろうじて布団を敷く空間しか空いていない。机上も物置と化してかなり長い)。フルハルターには先客がおひとり。万年筆に興味を持ちはじめたところ、と仰る同年輩のビジネスマン。すっきりとスーツを着ておられる。目の前には何本ものペリカンモンブラン。これがいいですよ、と言いたくなる言葉を飲み込む。僕は用件を伝えるが、こちらではモンブランとは流通がほぼ途絶えているようで、マイスターシュトゥックならともかく限定品は入らないから、まずは市場で探して下さいとのこと。アメ横伊東屋書斎館に行けば見つかるだろうが、それを入手して再度ここを訪れる時間の余裕は今回はない。今回は諦めよう、と決める。くしくも同席のお客さんもカフカには興味津々とのことで、ひとしきりいろんなお話をする。このお客さんは最後にはペリカンの800に心を決められた。そうです。それが一番よろしい。偉そうに。もうひとりお客さんが来る。更におひとり。この方は外で森山さんと少しお話されて帰られた。お友達なのだろう。なにせ、お店はきゅうきゅうに詰めて4人しか入らない。おまけに僕は旅行荷物を持ったまま来ている。なんだか申し訳なくなってくる。カフカが空振りとなれば、何を買うアテもない客である。と思いながらもワイルドスワンズの話をしたり。思い出した。拝見したいものがあったのだ。ペリカンのM320を見せてもらう。ペリカンの万年筆では一番小さいスーベレーン#300と同サイズながら、全体が鮮やかなオレンジ色なのだ。僕は300をメモ帳に刺して愛用しているから、もうこのサイズは要らないといえば要らない。でも改めて現物を見るとかわいいなあ、と思う。これにちょうどいい色のインクも持っている。ぐらぐらと揺れて来たが、先客の方が腰を上げたのを潮に僕も引き上げることにした。「もしもう一度伺える時間があればまた参ります」「いつでも来て下さいよ」と笑顔で送り出していただく。
 さて、ここからおりえの家までは近い。東急に乗り換えてちょっとだ。先にメールを送っておいて、沼部の駅から桜坂に方角を定めて歩き出す。途中で迎えに来てくれたおりえと会った。桜坂といえば当然桜。開花予定日が27、さて如何と思ったが、まだ咲いてはいないみたい。花のない桜坂は、まあ木に覆われた道だ。これが満開になるとすごいと言う。「桜の森の満開の下」「桜の木の下には」と思い出す作品は数あるが、「ホントこの下にいると気が狂うっていうのがわかるよ」とおりえが言う満開の桜坂は、今回は見られない。あと数日なんだがな。家に着く。部屋はきれいに片付いている。なんでもお昼から必死に片付けたというのだが、散らかっていたというのがよくわからない。まあ、片付けたのにそれが容易に想像されたら困るんだろうが、きれいなもんじゃないか(後で同居人のワカちゃんが本当に如何に散らかった部屋であったかという証言をしてくれた。まあ本当なんだろう)。少し一服して近所にできたばかりというファンケルのスーパーへ買い物に。スーパーやコンビニは既にいくつもあるのに、本当に生活に環境のいい町だな。
 献立は中華だそう。ワカちゃんが、僕にも是非チンジャオロースーとマーボー豆腐を食べてもらいたいとリクエストがあったらしい。曰く、どちらもその名の料理に見えない、野菜炒めとマーボー肉だ、と。しょっぱなから素晴らしい主旨のリクエストだ。楽しみになってきた。
 見ていると、おりえはスペースも時間も上手に使って小気味よく料理をして行く。買い物行ったり、料理作ってもらったり、なんだかものすごく不思議な感慨にとらわれている。ぼけっと見てると「ん? 心配?」と。いやいや、そういうんじゃないんだ。
 すぐに数品の料理が出される。食べてみるが、旨いじゃないか。本人は筍の調理が気に入らないらしいが、おっちゃんには充分すぎる。唐揚もあって、ほくほくしながらビールも飲み、ご機嫌になる。やがてワカちゃんも帰宅。お仕事ご苦労様です。おりえ曰く、今日はものすごく早く帰ってきてくれたらしい。この子もおもしろい子だ。直感で生きている、とはおりえの言。人間も会った瞬時に判断してしまうそうだが、幸い僕は好かれたみたい。喋っていて僕の父と同郷ということがわかったが、完璧ネイティブな関西弁で相手してくれる。おりえと大学の同期だから、まあ関西での生活も長かったのだろうが、これはまたありがたい。
 時間もそこそこになり、ふたりが風呂を勧めてくれた。石鹸やシャンプーが何種類もあるらしく、ふたりで僕に何を使わせてみるか相談している。「塩使って下さい塩」塩のシャンプー? 「洗顔はこれね。ほら触ってみ。こんな肌になるヨ」冒頭に「大名旅行」と申し上げた所以、少しおわかりいただけようか。僕が合宿グッズ一式持っていると知るや「なんでそんなもん持ってくんのよ」とおこられた。今度来る時はタオルも要らんそうです。
 僕ひとりだけ悠々とお風呂をいただき、既に布団も敷いてもらってあとは寝るだけ。おりえのペットの蛇や蜥蜴は写真では見たことがあったが、いるいる、いっぱいいるぞ。綺麗な白い色をした「ぷり」ちゃんと目が合ったので一枚撮影。コフルとも再会。友達と肩寄せ合っていた。明日は仕事は昼からなので、ゆっくり寝ることにする。1日目終了デス。