長話2 チェット・ベイカーというミュージシャン

 トランぺッターで歌手。初めて聴いたのが映画「ラウンド・ミッドナイト」での挿入曲。扱いはごく軽いもので、劇中ラジオからかすかに聞こえて来る程度。だがサントラを買ってからこの曲だけでも何度でも聴くほど惹きつけられた。
 どんなミュージシャンなのか全く知らなかったが、後からこの人の有名な「伝説」を知ることになる。
 美形と中性的な(魔的な)歌声で人気を博すが、薬物で身を持ち崩す。薬物絡みのトラブルで前歯を全て折られ復帰を絶望視されるがカムバック。しかし全盛期の美貌と演奏力は見る影もなく、薬物依存癖も治ることはなかった。そして二階から(!)落ちて客死。…
 当然世間から評価が高いのは若き日の演奏・歌唱。でも僕自身はその往時の美声より、「ラウンド・ミッドナイト」サントラで聴く、よれよれでカスカスの歌とトランペットに魅了されたのだった。
 先に経歴を知っていれば、これはたぶん純粋に音楽として鑑賞しているのではなく、そこにストーリーを重ねて「知として」味わっているのだろうと思ったろう。だが、そうではない。
 枯れた魅力、というのはこういうもののことを言うのだろう。張りがあって美しいだけが魅力的なのではないのだ、と知った。諦念、なのだろうか? 酸いも甘いも見尽したような穏やかさ。深み。こういうところもジャズの魅力なのだろう。
 マイルスも、天才的アドリブの冴えや楽器を鳴らしきる技量では大先輩チャーリー・パーカーには絶対に及ばないと悟り、早々に独自の活路を探求した。その軌跡が、結果としてモダンジャズそのものの進化の歴史となった。味わい。それがジャズの大きな魅力と知った。

 「ラウンド・ミッドナイト」からジャズに興味を持ち始めた頃、ウイスキーを知った。当時の人気はバーボン全盛。こういう書き物をしていると、無性にアメリカン・ウイスキーを飲みたくなる。結局酒の話になるな…