利休三昧(全)

(一)
 千利休を題材とした小説を、たて続けに七作読んだ。
 かつて利休400年忌(キッカリ400年ではなかったですが)として二作の映画が競作され、それを観て以来利休に興味がある。七小説にはその映画原作も含まれる。再読のものもあるが、この際ひと息に読み比べれば見えてくるものもあるのでは、と思い挑戦した。基本行き帰りの電車でしか読めないので、大変時間がかかってしまった。
 利休の死は謎とされている。ときの権力者太閤秀吉と深い信頼関係にありながら、最期には切腹を申しつけられている。理由としては「大徳寺山門に利休の像を安置したのが不遜である」「茶道具を高値で売買し暴利を貪った」等あるが、何れもいかにも取ってつけたもの。更には、おそらく利休は謝罪さえすれば赦されたであろうに、あえてそうしなかったらしい、という。さて真相は? という、大変興味深いもの。これは創作のネタとしてうってつけの筈。
 読んだのは以下の作品。読んだ順ではなく、小説が発表された順に並べた。

1 『茶道太閤記海音寺潮五郎(S15 1940)
2 『お吟さま今東光(S31 1956)
3 『秀吉と利休』野上弥生子(S39 1964)
4 『千利休とその妻たち』三浦綾子(S55 1980)
5 『本覚坊遺文』井上靖(S56 1981)
6 『利休啾々』澤田ふじ子(S56 1981)
7 『利休にたずねよ山本兼一(H20 2008)

(二)
 海音寺版(1)『茶道太閤記』が最も古い。直木賞受賞の中編「天正女合戦」を長編化したもの。さすがの筆力というか、ぐいぐい読ませる力がとても強い。だが大事なのは面白いということだけではない。なんでもこの作より以前は、利休は秀吉と対等に描くべき人物とは認識されていなかったとのこと。それを、この作が権力者秀吉と拮抗した、政治的にも重要な存在だった、という認識を世間に定着させたそう。「外向きのことは大和大納言秀長(秀吉の義弟)に。内向きのことは利休に」とまで言われていた、というのは現在ではよく知られている。
 実はこの作品では後半まで利休はあまり登場せず、前半どちらかというと女性中心に話が展開する。何故かというと、利休対秀吉の決定的亀裂の因を、利休の娘おぎんに置いているから。好色な秀吉がおぎんの出仕を命じ、利休がそれを拒んだ。
 実はここに重きを置いている点、今東光版(2)『お吟さま』と三浦綾子版(4)『千利休とその妻たち』は共通している。(2)『お吟さま』ではお吟が恋い慕ったのが実は高山右近であった、というのが面白い設定。ただ中編ということもあってか、掘り下げには喰い足らなさが残った。(4)『千利休とその妻たち』は大変丁寧に、利休の若い頃から描いてあり、これは貴重。二人目の妻おりきに重点を置き、実は利休侘び茶の美学の多くがキリシタンの教えや儀式に影響されたものであった、というのが、自身クリスチャンであるこの作者ならではの視点。このキリシタンの影響というのは(小説ではないが)黒鉄ヒロシの『信長遊び』の中でも言及されており、あながち我田引水的な空想とは言えない。むしろ、作家の個性と歴史との幸福で必然な邂逅によって生まれた作品と言うべきか。

(三)
 利休の若き日まで描いたという点、現在映画化が進んでいる山本版(7)『利休にたずねよ』が、もちろん秀逸。利休切腹の日を冒頭に描き、そこからどんどんと時系列を遡って描く、という構成で、一種ミステリー的視点を取り入れた作品。ミステリーとなればオチをばらす訳にはいかないが、この作では、利休美学の総て、そして自ら死を選んだ理由が、若き日に収斂していくのが快い。
 切り口が個性的なのが澤田ふじ子版(6)『利休啾々』。利休の木像を彫った仏師の視点で描いている。この木像は利休有罪の道具に利用されたもので、史実として利休の代わりに河原で磔にされている。その後切腹した利休本人の首をこの木像に踏みつけさせてさえおり、史上他に例を見ない異様な事態だった。
 ただ内容的には新味はない。どちらかというと、この作を含め短編集全体を読むことで、作者が描きたいものが浮き彫りになる仕組みであったように感じた。
 同年発表の井上靖版(5)『本覚坊遺文』が面白い。これもミステリー仕立てと見ることができる。利休晩年の無名の弟子本覚坊(実在)が書き残した記録(架空)を作者が発見した、という体裁。利休没後、本覚坊が様々な利休ゆかりの人物と出会いながら、いつしか利休の死の真相に気づいていく、というもの。ある日の茶会がクローズアップされていく。そこで、ある盟約が交わされたのである・・・・、と。

(四)
 そして、僕にとってやはり一等高みに位置づけられたのが野上版(3)『秀吉と利休』。海音寺の(1)『茶道太閤記』が確立したという「超絶の俗物・秀吉vs.美の求道者・利休」その美意識の対決、という構図を完成させ、最も深く繊細に掘り下げたのが本作であると思う。
 現代小説の読み易い文章に慣れてしまった目には、正直かなり手強い文章で、読み進めるのに時間がかかる。歯ごたえがある。架空の人物をうまく溶け込ませ、当時の風俗を的確に織り込み、単純に原因は「これ」とは言い難い、しかし決定的な二大人物の心の愛憎対立を描ききっていく。最終的な引き金としては、朝鮮出兵に対する何気ないひと言が端緒とされていた。
 これぞ文芸、と感じる。簡単には言い表しようがない心理を、丹念に粘り強い描写の連綿によって納得させていくのだ。人物像も奥深い。実は、この作の利休が諸作の中で一番カッコ良くはないと思う。自死の瞬間でさえ、本心ではそれを「よし」としていたかどうか。しかし、そこに「人間利休」を強烈に感じさせるのだが、どうか?
 高弟山上宗二も本作での描き方が好きだ。山本版(7)『利休にたずねよ』でのそれは、あまりに人物が軽かったように見えて物足らない。いつも悪役の石田三成は、海音寺版(1)『茶道太閤記』での描かれ方が味があって好きだ。このように、実在人物が登場し、実際のエピソードも数々描かれるから、それらの扱い方の比較も面白かった。
 利休自死の謎に迫るということは、つまり利休の精神に迫るということであり、侘び茶の美学に迫るということである。この道のために、俗物ではあるが大人物でもあった時の権力者秀吉との蜜月も必然であったし、決別もまた必然であった。このあたりの機微、そして切り込みの深さ加減が、作家それぞれで実に興味深かった。生き方、精神の在りようについて考えることにもなったこの一、二か月ほどであったし、やはり茶道への憧れは一段と増した。

(五)
 最後に映画に関連して。
 1989年に競作公開されたのは、勅使河原宏監督作品『利休』と、熊井啓監督作品『千利休/本覚坊遺文』。前者は野上版(3)『秀吉と利休』を、後者は井上版(5)『本覚坊遺文』を原作とする。
 『利休』は華道家元である監督の美意識が全面に開花し、また長編で登場人物も多い原作を実にうまくまとめて、映画として見事昇華していたと思う。脚本を担当した赤瀬川原平の功績も大きいし、何よりキャストが素晴らしい。利休に三國連太郎、秀吉に山崎努。もうこれ以上はありえない、というハマり方だった。今回小説七作を読みながら、基本的にはどれもこの役者の顔が浮かんでいた。
 『千利休/本覚坊遺文』の監督熊井啓は、それ以前にもかつて今東光版(2)『お吟さま』も映画化している。こちらは見ていないが、それだけ利休には昔から強い関心を持っていたということだろう。完全主義で知られるこの監督のこと、本映画も実に厳しく仕上がっていた。主人公の本覚坊は奥田瑛二が演じた。これは大変よかった。が・・・・ 利休を三船敏郎、秀吉を芦田伸介が演じた、このキャスティングがちょっと・・・・。武人然とした利休に三船敏郎を、というアイデアは理解できないではないが、雰囲気、オーラはともかく、そもそもこの人、演技はうまいか? 国際派スターに失礼極まりないですが、どうです、本心、そう思ってる人は他にもいるのではと思うのだけれど。殺陣の見事さや存在感などで、黒澤映画ではうまく使われていたが・・・・やめよう。悪口を書きたい訳ではない。少なくともこの役には合っていると思えなかった。一方芦田秀吉は「借りて来た猫」のようで、権力者の片鱗も伺えなかった。もともとそういう役回りではあるけれども、いくらなんでも弱々し過ぎた。
 武人然とした利休であれば、むしろ後に大河ドラマ仲代達矢が演じた利休が僕には良かった。この映画で仲代が利休を演じていれば・・・・という妄想は止まらない。
 そして、既に予告編が公開されている『利休にたずねよ』。もちろん原作は山本版(7)の同名小説。主演は市川海老蔵。父、故団十郎との共演も早くから話題になっている。予告編のみで批評はできないが、晩年の利休をも海老蔵がそのまま演じるのは無理がないだろうか。父団十郎が健在であったら、作品の半分以上を占める年をとってからの利休は団十郎が演じる予定だったのだろうか。それなら、青年期は海老蔵で、これは実にうまいアイデアだったと思う。しかし海老蔵がほぼ特別なメイクもなく50代60代の利休を演じて、舞台ならともかく、映像作品で違和感はないのだろうか? 完成作を実際に観れば、そんな不安は杞憂だった、となるかもしれない。せっかく面白い原作であるので、いい方に期待が裏切られることを切に切に願っている。