イヌも喰わない

 ひとのシリヌグイで普段より相当遅く帰宅した。明日も早いのになあ、などと思いながら自室に入ると、荷物の位置が大幅に変わってた。そして新たな収納場所に収まりきらなかった細かなものが机上に散乱していて、キーケースを置く場所もない。
 僕の職場の机をご存じの方は「ははあ」と思うだろう。すごい散らかり方を見かねて、奥さんが整理したのね? その通り。時々そういうことが起こる。大抵はスルーするのだけど、今日のはちょっと呆然としてしまった。
 これを言い訳と思って聞いている人もいるのだけど、冗談ではなく、散らかっているのは散らかっているなりに、本人には何がどこに存在しているかはほぼ完全に把握できている。自分で散らかしている範囲では。これに他人の手が入ると、たとえその整理した人の目・基準できれいに整えたのだとしても、持ち主にとっては完全な混乱状態になってしまう。既に僕の部屋ではこういうことが数回繰り返されているので、もう何がどこにあるのか殆ど把握できなくなっている。探し物をすると八割は見つからない。「そんな大げさな」と思うだろうけど、そうなんだからしょうがない。
 とは言え、別にそれだからと言って妻を怒る気はさらさらない。散らかっていて不愉快なのは間違いないのだし、よかれと思ってしてくれているのだから。(たとえ「よかれ」でも本人の望まぬものは迷惑でしかないのだけれど)
 ところが、整理してくれて「ありがとう」を求める妻としては何も言わない僕の態度が面白くない。怒ってしまった。
 喧嘩、とも言えない。僕は怒っているのではなく当惑しているのだから。なんで僕が怒られなくてはいけないのか、と。
 それでも、「あれがとうね」と僕が言えば、それで夫婦円満である。それがどうしても言う気になれぬところが僕の「下手さ」だ。だって、怒らないでいるのが精一杯で、とてもじゃないけど「ありがとう」とは言う気になれないんだもの。
 とりあえず机にグラスを置くスペースだけは確保した。