ハードボイルドの原点 (6)『マルタの鷹』周辺

 このシリーズ、まだ続いています。

 チャンドラーの先輩格、ダシール・ハメットの『マルタの鷹』を読み、ボギーが演じた映画版をみ、同じボギーがマーロウを演じた『三つ数えろ』(原作『大いなる眠り』)も観て、最後にジョー・ゴアズが書いた『マルタの鷹』前日譚『スペード&アーチャー探偵事務所』も読みました。
 まずチャンドラーとの連結で言うと、ボギーの個性はどちらかと言えば『マルタの鷹』の主人公サム・スペードの方が、より合っていると感じました。ボギーそのものが独自のハードボイルド的存在であるので、違うと言えばスペードともマーロウとも違うのですが、映画としてどちらもカッコ良かった!
 原作『マルタの鷹』については、天下の名作に大変失礼な言い方になりますが、ストーリーはどうってことないと感じました。まあこの作品から後世の多くのハードボイルドが派生したのだから、本作を「ありがち」と感じるのは筋が逆なのですが。そこを割り引いても、なんだか主人公は決定的には動いてなくて、みんな「あちら」から舞い込んで来るばかりという印象を受けたのです。無論その場その場での動き・判断は見事なのですが。ただ、主人公サム・スペードのキャラクターは凄まじく魅力的です。彼が活躍する長編がこれ一作というのが大変勿体ない、と思うくらい。この、ワイルドで非情で、それでいてハートのある男は、自身探偵稼業に従事していた作者をして「理想の探偵」と言わしめる、リアリティのある存在でした。ラストでの選択にはグッときます。
 この物語の前日譚を現代の後継者が綴ったのが『スペード&アーチャー探偵事務所』で、ラストシーンが『マルタの鷹』冒頭につながるカタルシスは見事です。が、この作品、最初三分の一までは全く乗ることができず、何度「もう読むのやめよう」と思ったことか。理由は翻訳が完全に僕に合わなかったこと。たぶん個人的な嗜好の問題とは思うのですが、それでも日本語文法も間違ってるだろうと思えるフレーズや、中学校の英語の授業の直訳かいなと思わずにいられないような文章の羅列には本当に辟易させられました。たぶん作品の魅力を翻訳が百分の一くらいに下げているのではないか。アマゾンのレビューではそんなことに触れている人は皆無で絶賛の嵐だったので、やはり僕だけの感覚なのでしょうか・・・・。
 ともかく、この野性的なキャラクター、サム・スペードがハードボイルドの原点として生み出され、次いで厭世的なフィリップ・マーロウがシニカルな探偵小説の世界を確立し、それが現代でも遠く離れた日本も含め、この世界を愛して止まない多くのファンを魅了し続けているということがよくわかった気になっています。さて、いよいよ次は原りょう『そして夜は蘇る』です。