ハードボイルドの原点(4) ギムレット

 そもそも「ハードボイルド」とは、感情描写を排し、登場人物の行動のみを描くことに徹したスタイルのことを言うのだったと思う。そうしたスタイルの中、主人公たちは持ち物や嗜好に大いにこだわりをもって行動するようになって行く。サム・スペードは入念に紙たばこを巻き、テリー・レノックスはギムレットを好んで飲んだ。
 そう、『ロング・グッドバイ』で印象的なのがテリーとマーロウが呑むギムレット。作中でテリーが本当のギムレットと語るのは、ジンと、ローズ社のライムジュースだけをシェイクしたもの。ローズ社のライムジュースというのは現在日本国内では販売されてないそうだが、このレシピに忠実に作ると随分甘めのギムレットになるとか。あのマーロウがそんな甘い飲み物を好むものかという意見もあるようだけれど、呑んでいるものはしょうがない。作者チャンドラーが案外あまり酒に詳しくなかったのかもしれない。そんなことにはお構いなく、作中に倣って僕も一杯ギムレットを飲んで、テリー・レノックスを偲んでみようじゃないか。
 ターロギーにて、榊原さんに正直に申し上げる。『ロング・グッドバイ』を読んだからギムレットが飲みたくなった、と。当然バーテンダーさんはこの小説とカクテルの因縁をご存じであり、そのギムレットが少々甘口のものであることも重々承知なさっている。かくして、オリジナルレシピのローズ社のライムジュースはないものの、少し甘めに作られたギムレットが目の前に置かれることになる。
 よく冷えたギムレットのひと口目は、キリキリと鋭く、甘みは殆ど感じられない。ややすると、ライムの酸味や甘みが厚みのあるジンの中から立ち上がって来る。これは、美味しい。
 もともとターロギーではギムレットは多少甘めに作るのだとか。マティーニでもそうだが、通の方の好む限りなくドライなものならば、ジンを飲んだらいいんじゃないの? などと無粋なことを思うクチだが、酒なんて半分スタイルを飲むようなもんだから、そういうこだわりは大切なのだろう。でも文句なくこのギムレットはおいしい。これからも、時々は『ロング・グッドバイ』を思い出しながら、少し甘めのギムレットも飲んでみることにしよう。