ハードボイルドの原点(1) ハマる

 村上春樹訳の『ロング・グッドバイ』を読んだ。言わずと知れた、レイモンド・チャンドラーフィリップ・マーロウものの中でも代表作と目される作品。
 マーロウものは映画で、この作品も含めて既に知っている。映画にハマり始めた頃にハンフリー・ボガート主演作を立て続けに観た、その中に『三つ数えろ』もあったし、ハメットの『マルタの鷹』もあった。その後テレビで『さらば愛しき女よ』も『ロング・グッドバイ』も観た。もう随分昔で、詳細は忘却の彼方。ただ原作にはずっと興味はあった。あったのに敬遠していたのは、僕の「翻訳もの嫌い」のせいで、小説を読む楽しみの半分は文章自体の味読にある者にとっては、どうしても翻訳の文体が頭に入ってこないからというのが最大の理由。本作は『長いお別れ』の題で、名訳と言われる清水俊二版が存在するが、それでも翻訳独特の文体は如何ともし難く、物語に入って行く前に早々と撤退していた。
 以前何かで村上春樹は翻訳くらいの方がクサさが抜けてちょうど良いみたいなことを読んだ記憶がある。その村上春樹が本作を訳したと話題になり、ついにそれが文庫化されたとあって、結構「満を持して」という感じで手に取ったものである。これが! 本当に、翻訳作品を読んでいるという感覚が全くない! と言うより村上作品そのものを読んでいる感覚にさえ襲われる。ぐんぐん惹きこまれ、600ページ近い作品をあっという間に読了していた。完全にハマってしまった。