『イノセント・ゲリラの祝祭』海堂尊(宝島社文庫 上下)

 『チーム・バチスタの栄光』『ナイチンゲールの沈黙』『ジェネラル・ルージュの凱旋』に続く、「田口・白鳥」シリーズの続編(間に番外編『螺鈿迷宮』もあった)。
 今回の特徴は、大きな医療事故は何も起こらないこと。ひたすら、会議・会議・・・・である。だからもはや本作を「ミステリー」とは呼べない。だがこれが面白い。
 これこそが、作者にとって一番素直な「形」なのだろう。フィクション性は最小限度であり、とにかく作者が医療現場で疑問に思っていること・憤っていることを作中人物を使って告発する。実際、このシリーズを通してどれだけ医療現場が置かれている異常事態を学ぶことができたか。作者には『死因不明社会』というノンフィクションの作品もある。これは未読だが、おそらく語っていることは一緒だと思う。これを小説という形に昇華したのが本作ということになるのではないか。
 こういう「形」になる萌芽は、過去のシリーズにもあったのだ。映像化では削除され続けてきた要素だが(それは当然のことだと思う。全然映像的ではないのだから)、実はこれこそがこの作者の作品のおいしいところだった。大学病院の権力闘争の裏側や、医療現場の欺瞞、更に今回は官僚制度の硬直化が暴かれていく。
 事故は起こらないと書いたが、全くないわけではない。作品冒頭、カルト教団による信者暴行死事件が描かれる。だがそれは冒頭だけで、あとはこの事件がきっかけとなって本作の主舞台となる検討会が動き出すという趣向。読み始めにこの事件に興味津津となった読者は肩すかしと感じるだろう。また、作中何度か新聞記事や会話の中で「極北市の妊婦が手術中に死亡した事故」に触れられている。おそらくこれは作者の『極北クレイマー』という作品への伏線となるのだろう。文庫化が待たれる。
 そもそも本作全体が、作者の次回以降の作品の大いなる伏線なのかも知れない。思わせぶりだった桧山シオン准教授や内閣府の主任研究官高峰も今回は顔見せだけ、活躍は次回から、という感じがする。このシリーズとも付き合いが長くなってきたから、なんとなく「これは伏線だな。次回以降のために忘れずにいないと」という嗅覚がだんだん身についてきたような気がする。
 回を重ねるごとに映像化が難しくなってきた観のあるシリーズだ。まして最初の『バチスタ』で安易に主人公田口と白鳥のキャラクターを歪めてしまったために、ますますそのまま続けるのは難しくなることだろう。もちろん「作品」としてのまとまりやインパクトの強さでは、もう『バチスタ』ほどのものは出てこないだろうけれども、より作者の本音が浮き彫りになってきたという点で(一般の作家にはなかなか描けない題材であるという点で)、以降の作品にも目が離せない。