10年を期す時とは《日本のウイスキー 最近の話⑥》

 妻と歩いていて、一緒に楽器屋さんに入ったことがあります。楽譜も読めず当然楽器なんかできない僕が何故か楽器を見るのは好きで、それで「綺麗やなあ」とか「これ高!」とか言っていたんですが、妻が意外に思ったらしいのは、僕がきらきらと輝くものより少しくすんだくらいのものの方がいいと言うことだったんですね。最近では新品からまるで使い込んだような仕上げ方をしているものまであって、そういうのがいいなあ、と思う訳です。ことは楽器に限らずで、何につけ、年を経て味の出てくるものに惹かれるんです。革製品なんてその最たるものですね。万年筆もそう。ペン先も持ち主に馴染み、軸もしっとり変化して行くには、それなりの月日と愛着がなければなりません。ウイスキーもまた年を経て味わいを深めるもの、という話は既にもうしていますが、この良くなってくるのに長い年月がかかるということがまたロマンでもあるのでしょう。
 バー・ハーバー・インさんがお店のオープンの時にサントリー山崎蒸留所で樽をひとつ買っておられて、それが10周年だった昨年の末に熟成したウイスキーとなって届けられたという話はこれもまた既に書いたことですが、いいですよね、こういうの。オーナーズ・カスクと言ってサントリーが提供している有名なシステムです。ニッカでもウェブ上で10年浪漫倶楽部というのをやっていてhttp://www.nikka.com/products/roman/top.html、これは自分自身で選んで樽ごと買うという壮大なものではありませんが、依頼しておけば5年後と10年後に自分だけの余市モルトが瓶に詰められて届けられるというもので、これもまた粋なものです。憧れます。
 いいですね。やってみたいですね。10年後を待つ、ということ。その10年で自分自身はどう変わっているのでしょう? 思いが尽きません。しかし、こういうことはやはり何か特別なときを期して行うべきでしょう。初めての子どもができたときねとかね。独立して事業を始めたとき、とかね。まあ僕ならせいぜい転勤しかないんですが。この職場に移るときには「次は10年は居るぞ」と考えていたもんですが、思いがけず、どうも前任校に居たと同じ6年で転勤の可能性も出てきてしまいました。まだ判りませんけれども。人が10年を期する時って、どんなときなんでしょうね。

しつこかったシリーズも、これでおしまいですよん。