旭日

親子三代

 近江の酒「旭日」(きょくじつ)については確か何度か触れたことがあると思う。
 学生のとき、ゼミの師匠の仕事を手伝わせていただいてよく滋賀のあちこちへ行った。師匠は滋賀の人で、滋賀教育委員会がやっておられた「大般若経」の調査のお手伝いをされていた。翻刻のできる学生が必要だった。翻刻というのは、手っ取り早く言うと昔のにょろにょろ文字を読解すること。僕は決してデキる方ではなかったが、ゼミでは毎日取り組んでいたから調べ方だけは解っていた。それで参加させてもらっていた。周りは師匠自慢の俊英揃いで、明らかに僕は見劣りしたが、そういう中に入れてもらえることが何より嬉しかった。
 土日祝や長期休暇中などに何人かでお寺に泊まり込みで行き、そこに眠っている「大般若経」を復元する。室町時代あたりの代物なので、大抵は半分泥に埋もれていたり、虫食いで固まっていたり逆にバラバラだったり。それをほぐして、つなげる。長い経文のどの部分がどういう状態で残っているかを正確に記録し修復し、可能な限り良好な状態で保存する。気の遠くなるような作業だ。
 大仕事を済ませて、夜は大宴会となる。大量の日本酒が持ち込まれ、まあだいたいひとり最低一本くらいはノルマになる。当然僕など許容量を越えているから、もう極限状態になる。それでも飲まないといけない。そうなると、いいもの、おいしいものでないともたない。べろべろなら何飲んでも一緒だろうと思うかもしれないが決してそうではなく、やはりいい酒は全然違う。「モウだめ」と思ってても入る。そんな中で殊に「これは!」と驚嘆せざるをえなかったのが、師匠が持って来られる「旭日 大吟醸」だった。これはどれだけ悪酔いしてても旨い! 他のものはご勘弁いただいても、これは頂きたいと手が伸びたものだった。
 が、それも遠い学生時代の話。「旨い!」という記憶だけが残り肝心のどんな味だったかということも覚えていなかった。ある時突然思い出しインターネットで蔵のホームページをみつけ、注文して買ってみた、というくだりは以前確かに書いた。去年遠足で黒壁スクエアに行った折にもお店でみつけて1本買った。
 先日、その蔵から葉書が送って来られた。その中から昭和40年代のラベルを復刻させたという純米大吟醸原酒と、「酒米三代の系譜」というセットを買った。この「酒米三代の系譜」というのがすごい。「渡船」「山田錦」「吟吹雪」という三種の酒米でつくった純米大吟醸なのだけど、この三種は親子筋にあたるのだ。「山田錦」言わずと知れたは酒米として名高い品種。「渡船」というのは、その父方に当たる古い酒米なのだそうだ。この「渡船」と山田穂という米を掛け合わせたのが「山田錦」という訳。近江発祥のこの「渡船」というのは育てるのが大変難しくてすたれたものらしいが、このたびそれを半世紀ぶりに復活させて酒を醸したとのこと。その記念に、「親」である「渡船」、「子」の「山田錦」更にその山田錦に玉栄という酒米を掛け合わせて生まれた、いわば「孫」に当たる「吟吹雪」、この三種の酒米で造った純米大吟醸のセットである。説明にえらい時間かかりました。申し訳ない。
 この三種プラス山田錦大吟醸である先の「レトロラベル」あわせて四種の飲み比べを決行した。
 さすがに大吟醸、まずどれもが素晴らしい香り。殊に「レトロ」は華やか。この蔵らしい辛口のバランス良さではやはり「山田錦」なのだろう。注目の「渡船」は濃い。これを「野趣溢れる」と表現すれば企画にもピタリとくるのか。「吟吹雪」は柔らか。一番飲みやすい。すいすい行く。普段の好みで行くとこれかもしれない。
 しかし米によって味が違ってくるものだ。何を今更と言われるだろうが、こんなことをやってみるとつくづく実感する。そして、地元の古来の米を復活させてそれで酒を醸すというのが、またいい。日本酒も実に奥が深い。僕が遥か学生時代許容量一杯になって尚「これならまだ飲める」と驚嘆したのはこの味だったろうか。師匠はこの「渡船」を味わわれただろうか。
 (旭日はこちらから購入できます。藤居本家http://www.biwa.ne.jp/~tetujin/shop/shop.html