新年会

3−7の思い出

昨年前任校卒業生を大量に集めてくれたⅠから数日前電話があって、「19日新年会なんで。7時京橋ですから」。
お〜い、都合くらい訊け! というのは言ってみただけで、どういう日程だって僕が行くことはようわかっちょるらしい。
頑張って職場を早めに出て、京橋のもう時計のない「時計台前」に行くも、時間までに来たのはいくちゃんひとりだけ。ちょっと遅れて到着したⅠが呆れておる。40分ほども経って10人くらいになるが、またも何人来るのかわかっておる者がいない。「ももええやん、移動しようや」ということで前に入った店に行ってみる。当然予約などしていない。前回金曜の夜だったのに大人数すんなり入れたからタカをくくっていたがこの日は予約が入っていてアウト。こりゃさすらいの旅が始まるかと思ったが次の「和民」で入ることができた。
前回に引き続き来てくれた子もいるが、卒業以来という子も多い。店に入って落ち着いてからもどんどん電話をかけて呼び出している。結局総勢23人。部屋の空気が薄い薄い。
また来る奴来る奴に「先生フケたなあ」と言われる始末。白髪増えたしなあ。「もうすぐ37になる」と言うと「え〜!」。この「え〜」には2種類あって、ひとつは「もうそんな歳か」、もうひとつは「もっとフケて見えるぞ」。ふーんだ。おまえらだってすっかり・・・・いや、だんだん大人らしくなってきたよ。みんなそれぞれ苦労はあるようだ。そりゃそうだ。だが、頑張ってしっかり生きとる。
「今だから・・・・」みたいな話も耳に入ってきたが、大抵驚きゃしなかった。もうすぐオレ修学旅行だ、と言うと、いやおうなくこの子らの修学旅行を思い出す。男子と女子がそれぞれずっと積み重なってきた不信感を爆発させて、双方5〜6人ずつコッソリ僕の部屋に集まって大激論になった。当然、本来ならもう生徒はウロウロしちゃいけない時間帯。ついでに言うと教員たちは別室に集まって「ハンセイ会」。僕は当然その席からは抜けて「やりあい」に同席していたが、口はほとんど出さなかった。数時間に渡る言い合いの末、殆ど勘違いとすれ違いによるものだったと判明。これを機会に随分連中仲良くなった。そういう結果も嬉しかったし、ああいうルール違反を黙って見逃してくれた先生方にも感謝した。今の職場じゃああはいくまいな。
卒業式の時にクラスからもらった「アルバム」を、要望に応えて持参した。まわして見てまた懐かしがる。僕も家で引っ張り出して見てまた泣いてしもうたわい。すごい力作。これはちょっとないくらいの宝物だ。
昔を懐かしがるばかりでなく、話を聞いていると連中もいろいろ考えながら大きくなつとるよ、と感じる。最後方向が一緒でひとりの子と途中まで電車で喋ったが、しっかりした考えを持っていてまたすごく嬉しくなった。「まだ本書いてるんですか」「いや、もうあれはやってない。でもネットで日記書いてる」ということでここを教えることになった。読んでどう思うかな。だいぶ「意外」な面を見るだろうな。
しかし若いよな。よう食うてよう飲みよる。新体操ができそうなくらい長〜いレシート。これ、アルバムに挟んでとっとこう。