長原師親子ペンクリニック

長原師親子のペンクリニック

神戸のナガサワ文具センターで、恒例のペンクリニックが開かれている。年3回ある中でも一番ワクワクするのが、この5月末の会。セーラーの職人で海外でも驚愕のペン先クリエイターとして知られる長原さんとその息子さんが来られるからだ。ここの日記でもこの方の面白さ素晴らしさは何度か書いている。
今回は、ここの日記にもよくコメントを下さる白と黒さんをご案内した。コメントやメール、手紙のやりとりで日常的につながっているので意識していなかったが、かなり長いことお会いしていない。僕が前任校にいる時に学校に遊びに来られていた時以来だから、少なくとも3年は会っていない。だが先の通りひんぱんにやりとりをしているためか、違和感が全然なくてよかった。
白と黒さんはお母さんが持っていた30年も前のパーカーの万年筆を持参。ペン先のほんの先端を除いて軸がカバーしてスッポリ覆ってしまっている往年のタイプ。最近わざわざパーカーがこれに似せて復刻版を出したほど人気のあった型だ。
お昼過ぎに行くとお客さんも満員で、ペンだけ預けて時間待ち。2時間ほどつぶして再び出向くと白と黒さんのペンは調整が終わっていた。書いてみるとひっかかりがキレイになくなっているという。でもせっかくのクリニックだから是非職人さんと直接対話して欲しい。僕の預けている方のペンをしてもらう時に彼女の方もまた見てもらおう。
僕のは長原師の「キングイーグル・布袋竹」という特別なペンで(3/29の日記にペン先の写真を出しています)、普段は門外不出のものである。書き味に問題など全くなく、ちょっと贅沢なグレードアップをお願いしたかったので、本人の僕が来るまで横にのけて置いてあった。なかなか席が空かなくて、顔見知りの店員さんが途中で直接息子さんに頼んで下さる。「どうぞ直接リクエスト仰って下さい」と言ってくださった。僕の顔を覚えてくださってるのは吉宗さんだけだと思っていた。助かった。
僕のペンは超極太の線が書けるのだが、角度を変えると細くもなり、まるで毛筆のような味のある字が描けるというとんでもないペン。それを僕は、「細字の線を、更にもうちょっと細くできませんか」とお願いした。息子さん、「なに〜!」という顔をされる。僕はへっへっへ、と笑う。それでも息子さんはグラインダーにペン先を当て始めて下さった。僕が白と黒さんにそのペンの特質を説明し、「実はムチャクチャなお願いを今僕はしてるんです」と言うと、息子さんチラとこちらを向かれて彼女に大きく頷かれる。そう。こんなに太字のペンなのに、こんなに細字が書けるのだ。これ以上細くなんて、ペン先の限界を超えている。いわゆる無理難題という奴で、実は「断られてもしょうがない」と端っから覚悟でのお願いなのである。でも僕は知っている。プライドあるプロならば、無理難題ほど燃えるのだ。現に息子さんの渋面、目はにこにこ笑っておられる。
いろんな道具が現れた。こんなに調整に時間をかけられるのは始めて見る。やはり、僕の想像以上に無茶だったのかな。ついにペンは、親父の長原師に託される。内心で僕は「やった!」と叫んだ。やっぱりそりゃ名人と言われた親父さんの方にやって欲しい。親父さんの方でなきゃできないくらいの難儀だったんだ・・・・。師も僕を見て苦笑された。「あんた無茶言うのお」「細い字が書きたかったら細字の新しいのを買うてくれんかの」そう仰って、展示物の一本を渡して寄越された。いや、細字は細字で持ってるんだ。このペンで細い線も出したいんだ、太い線と併行させて。
やがてペンが帰ってくる。恭しく受け取る。そして書いてみる。「ひゃ〜!」不覚にも、思わず大きな声を上げてしまった。書ける! ムチャクチャ細い線が書ける! どこまでいけるか、画数の多い字を極限まで小さく書いてみる。「あんた、そんな小さな字書いたら目ぇ悪くするぞ」と師が呆れておられる。しかしこれ凄いんですもん! 横にいる白と黒さんに渡して書いてみさせる。彼女もびっくりしている。で、そこで初めて僕はさっき渡された売り物のペンを触ってみる。先がかすかにコンコルドになっている。書いてみて・・・・なんじゃこりゃ! 産毛くらいの線が書けるじゃないか! 僕が持ってる最強に細く書けるペンより更に細い! こんなのも見たことがない! また大声を上げてしまった。恥ずかしい・・・・。我に返り横を見ると、白と黒さんが僕のペンでいっぱい字を書いておられる。これがまたむちゃくちゃキレイではないか! 実は白と黒さんは、書道教室の先生である。字が綺麗なのは当たり前なのだ。が、それにしてもこれは渋すぎる! 「小筆みたいにして書けるんですね!」と更に手を進ませる。このペンは、こういう字が書けてこそ本当の値打ちがあるのだとハッキリわかった。できることなら彼女にこそ持っていて欲しい! しかし当然あげる訳にはいかない! こりゃ困った!
すると長原先生、調整すべきペンが全て済んだようで「他にはないんかい」と店員さんに言っておられる。ここがチャンスだ。白と黒さんのペンを再び見ていただく。目の前で書き癖を見てもらい、それに合わせていただくのだ。こちらはいつものようにチャー、と、あっというまに出来てしまう。「綺麗な字をお書きになるなあ。あんた、素直な人やねえ」とにこにこして仰る。「そりゃそうでっせ」と思うが口に出して言えない。ともかく二人とも満足して会場を後にした。白と黒さんとの久しぶりのお喋りも楽しかったし、今日もまた良い日であった。


お別れしてから、白と黒さんは梅田阪急でガラスペンを買われたらしい。今職人さんが来てフェアを催しているようだ。これにも行ってみたいなあ。ガラスペンは数百円の安物を僕も持っている。カラーインクの試し書き用だ。水でサッと流すだけで手入れが楽なので重宝するが、書き味はガリガリと硬い。しかしいいものは違うらしい。なんでも手作りの職人さんは全国でなんともう一軒しかないという。軸も意匠が凝らされている。白と黒さんもちゃんとペン先を研いでもらったそうだ。写真を拝見したが、ブルーの美しい軸だ。
で、これは是非白と黒さんにはいろいろとカラーインクで楽しんで欲しくなった。万年筆用のインクも各社実にいろいろなものを出している。特にシェイファーとウォーターマンが豊富だ。僕はシェイファーの紫、ウォーターマンのグリーン、セーラーの変り種、そしてモンブランボルドー、イタリアのヴィスコンティ社の「セピア」などが好きだ。コンウェイスチュアートからは、インクに垂らして使う香りのエッセンスなども出している。最近ナガサワがセーラーと共同研究で作ったオリジナルの黒インクは仄かに墨の香りが立ち上がる。まあ、いろんなインクがあるのだ。これがナガサワのホームページのボトルインクの項なのでご参考に。楽天から通販も可能。
http://www.rakuten.co.jp/nagasawa/463807/479768/
こちらのページにはその墨の香りの黒インクが出ている。
http://www.rakuten.co.jp/nagasawa/465289/
さらにこちらは東京の書斎館のホームページ。上の方にニュースとして海外の珍しいカラーインクを扱うというお知らせが入っている。ただこちらは通販はいけるのかどうか・・・・。僕もものすごく興味があるのだが、行かないと買えないのであれば厳しいなあ・・・・。
http://www.shosaikan.co.jp/


思いがけず長くなりました。明日ペンクリニックは最終日。今度は、東京から戻ったその足で駆けつけてくれるおりえを案内する予定。
あれ? いかん・・・・あの展示物の超細書きのペンが目の前をチラチラチラチラしているぞ・・・・この状態で明日また行ったら、かなりヤバいんじゃないか・・・・